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バンビーノのお仕置き日記

このブログでは僕のお仕置き体験M/mをベースに、
F/mも交えて、お仕置き動画、画像、体験記など綴っていく予定です。
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夜の郊外へ緊縛ドライブ、お尻鞭打ちの宴
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      風の強い晩秋の夕暮れでした。僕はY先生と新しい鞭を探しに、駐車場からSMショップのある雑居ビルに向かっていました。僕は上はセーターでしたが、下は黒レザーのショートパンツにショートブーツ。Y先生は途中で雑貨屋に立ち寄り、籐の布団叩きと竹の靴べらを買いました。僕は店の外で待っていました。人目につかない店の裏側に回って。しばらく風よけをしてから表に回ると、もう買い物を済ませて店を出ていたY先生は激怒して立っていました。「なんでここに居ないんだ」「だって先生、ここは寒いし、人目にもつくし」。気まずい空気のまま、僕が先に行くように言われて雑居ビルの階段を上り始めました。

       

     ショップは最上階の4階にありましたが、3階と4階の踊り場のところでY先生は立ち止まりました。「そこの手すりを両手でしっかりと握って、先生の方に尻を突き出せ!」「え、ここでお仕置きですか?」。駄々をこねれば状況はさらに悪くなることはわかっていました。言われたとおりにして脇の下から後ろを覗くと、Y先生は布団叩きの包装紙を破ってそれを上着のポケットにしまいました。観念して前を向くと、早速平べったい籐の布団叩きが僕のお尻に飛んできました。バシッ、バシッ。そのとき、階段を上ってくる人の気配がしました。若いカップルでした。Y先生の手が止まると同時に、カップルも階段の途中で立ち止まりました。「どうぞお通りください。この子が悪さをしたので、いまちょっと懲らしめているところです」。Y先生は穏やかな口調で言いました。僕は女性と目が合いました。済まなそうに頭を下げると、女性も硬い表情を少し緩めて軽く会釈しました。それから男性とあうんの呼吸で、また2人で階段を上り始めました。僕とY先生の間を2人が通り抜ける間も、僕は両手で手すりを握りしめてお尻を突き出したまま立っていました。2人が踊り場から上の階段を上り始めたとき、またY先生のお仕置きが始まりました。バシッ。2人は一瞬立ち止まりました。そのとき、女性が男性に向かって何か言い、また階段を上り始めました。バシッ。今度は2人は立ち止まることなく、そのままSMショップの中に入っていきました。

       

     それより半月ほど前のこと、僕は日頃の反省文を書かされたあげく、茨城の別荘で折檻を受けることになりました。その日の午後、近所のショッピングセンターの駐車場で、Y先生のお友達のTさんと待ち合わせ、3人で向かうことに。Tさんを待つ車内で、早くも一発目のお仕置きです。Y先生はスモークの貼られた後部座席に乗り込んでくると、白の体操着、紺のブルマー姿の僕のお尻を力ずくで自分の膝の上に乗せ、車内にあった底の厚い革のスリッパでひっぱたき始めました。そのとき、Tさんが来ました。「お、もうケツひっぱたかれてるのか」。TさんもY先生と同世代で体格がよく、生粋のスパンカーです。「早くドア閉めろよ。音が漏れるだろ。俺は漏れてもいいんだが、この子が嫌がるんだ」「そりゃそうだよ。外は家族連れで込んでるぞ。和気藹々と。ここは別世界だな」「いまこの子にこのスリッパでケツ百叩きのお仕置きをしてたとこだ。もう一度やり直すから、一から数えてくれよ」「オッケー」。Tさんは明るく答えると助手席から後ろに身を乗り出すようにして、お仕置きの数を数え始めました。ピシャッ、「いち」。ピシャッ、「にー。いい音するな」。ピシャッ、「さーん」。なんだか惨めさを通り越して自分が滑稽というか、とことん2人のおもちゃになってやろう、そんな気になってきました。ピシャッ、「じゅう、もっと強く」。ピシャッ。ケツスリッパ百叩きが終わると、ブルマーの上からデニムのショートパンツをはくように言われました。体操シャツにはジージャンを羽織り、3人でショッピングセンターのフードコートに入りました。僕はY先生にパフェをご馳走になりました。

       

     いよいよ茨城の別荘に向かいます。僕はジージャンだけを脱いで体操シャツになり、下はデニムのショートパンツのままでした。これから茨城へのドライブの間、僕が縛り上げられるのですが、きょうは縄を掛けるのも2人がかりです。Y先生が背中の上の方で僕の両腕をきつく縛り上げ、胸の周りを麻縄で巻いていく間に、Tさんはソックスの足首から剥き出しの太股にかけてを縛り上げていきます。まるで2人で練習を積んできたかのように手際よく、最後はTさんに革の猿轡をガッチリはめられて、僕は後部座席のシートに寝かされました。2人は前のシートに戻って出発です。外の気配はだんだん暗くなっていきます。街からだんだん田舎へ。もう引き返せない捕らわれの身、自力で縄を解こうと無駄にもがくことはやめ、まな板に載せられた境地で車のエンジンに身を任せました。

      

     別荘に着くと僕は脚の縄だけを解かれ、上半身の縄と猿轡はそのままにして、2人に挟まれる格好で家の中へと歩かされました。床に座らされると、またTさんに脚を前と同じように縛り上げられました。Y先生は台所に立って夕ご飯の支度をはじめました。Tさんはビデオカメラを取り出し、僕の緊縛ムービーを撮影し始めました。僕はデニムのショートパンツ姿が男の子らしくて、縄にもがいている姿がいいと言われました。それから猿轡をはずされて手足の縄をやっと解かれ、Y先生に作っていただいた魚料理をいただきました。ほんとうにおいしく、いままでの戒めから解放されて至福のときでした。でもそんな時間は長くは続かず、今度は中央の部屋で天井から吊されることになりました。上は白の体操シャツで下は再び濃紺のブルマーに。たくさんの麻縄が梁から垂れ下がり、僕の体はまた後ろ手に胸の周りを縛り上げられ、脚をぐるぐる巻きにされ、猿轡をかまされて宙に舞いました。生地の薄いブルマーのお尻にY先生のナインテールの鞭が、Tさんの乗馬鞭が飛んできました。竹竿、木のパドル、革のストラップ。Y先生とTさんにいろんな責め道具を使って交互にお尻だけを狙いを定めてひっぱたかれ、それを交互にビデオに収められました。鞭打ちが終わり、縄付きのまま空中から床の上に下ろされたときは放心状態でした。縄はすぐには解いてもらえず、その放心状態のまま縛り上げられている姿をまたビデオに撮られました。剥き出しの太股に床が冷たく、もうこうして縄でがんじがらめに縛り上げられているのが日常の自分のように思えてきました。

     

     帰りの車の中ではTさんが後部座席に乗り、家に着くまで僕をお仕置きすることになりました。体操シャツにブルマー姿で、今度はTさんの膝の上にお尻を乗せられました。車で走りながらのお仕置きなので、僕のお尻が車の揺れで動かないようにきっちり左手で抱え込まれました。「ちょっとひっぱたきにくいけど、まいいか。大人の手のひらの威力を味わわせてやろう。可愛い尻だ。ハーッ」。ピシャッ、ピシャッ。Tさんのお尻平手打ちは、二百発か三百発かわからないくらい続きました。昨日の鞭やパドルでのお仕置きの痛みがまだ残っているので、泣きそうに痛かったです。でも暴れようにも体は大人と子供ほど違うし、Y先生の親友なら言うことをきくしかありませんでした。僕のマンションの駐車場で、Y先生たちと別れました。「いやあ、じつに楽しかった。今度は地下牢にでも監禁して責めようぜ」「いいね。ケツは熱いうちに打てだ。これが効き目のあるほんとのお仕置きだ。わかったな」。Y先生が笑いながら僕の方を見て言いました。勝手に決めないでくださいよ、先生。お尻はめちゃくちゃ痛いし、恥ずかしいし、何より屈辱です。そう思っても何も言えず、僕は頬を膨らませてうつむきながら、熱くジンジンするデニムのショートパンツのお尻に両手のひらを当てたまま、しばらく立っていました。

       

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    | - | 22:57 | comments(0) | trackbacks(0) | - |









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