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バンビーノのお仕置き日記

このブログでは僕のお仕置き体験M/mをベースに、
F/mも交えて、お仕置き動画、画像、体験記など綴っていく予定です。
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僕を厳しくお仕置きしてくれた50代のY先生
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     僕がY先生と知り合ったのは、 僕のサイトに寄せられた一通のメールがきっかけでした。「下半身(太股からお尻)のラインがすばらしい。 悪さをしたこんな子を、ぜひお仕置きしてみたい」。僕がデニムのショートパンツ姿でお尻を打たれている画像への感想でした。 中学時代、松本先生から教室でお尻の体罰を受けて以来、 僕には厳しく折檻して叱ってくれる先生が必要でした。 僕は高まる誘惑を押さえられず、返事を書きました。「僕より年上ですか? 体格は?  お仕置き中もショートパンツははかせてください」。Y先生は団塊世代の男性で体格も立派な方で、 純粋に躾としてお仕置きしていただけると確信しました。

         

     Y先生は車で僕のマンションまで、 わざわざ僕を厳しくしつけるために通ってこられるようになりました。 僕のマンションには隣に若い女性が住んでいたのですが、 そんなことはお構いなしに僕は悪さをしては大声で叱られ、 壁や椅子、机などに両手をついてお尻を突き出す格好をさせられて、 懲らしめのパドルやケインをお尻いっぱいに受けました。 僕のお尻の音は部屋中に響き、お隣にも筒抜けだったはずです。 でもこれが僕が必要としていた愛の鞭なんだ。 ジンジンするお尻の痛みに耐えながら、 Y先生が少しでもひっぱたきやすいようにと僕はY先生に向かってさらにお尻を上げました。

     
     
     Y先生は数カ月僕のマンションに通われた後、 僕は車で連れ出されるようになりました。僕が反抗的な態度をとったことをきっかけに、 僕は車内で初めて縛られました。 いま思うと、ロープはちゃんと車内に用意してあったのです。 Y先生のワゴン車の後部座席にはスモークが貼られ、 僕は紺のデニムや黒レザーのショートパンツ姿で、 後ろ手に胸の周りを、足首や両膝を麻縄でぐるぐる巻きに縛り上げられました。 口には猿轡をかまされました。 縛り上げられたままの夜の街のドライブ。 不思議な興奮に胸がどきどきしました。 「これからどこに連れていかれ、お仕置きされるんだろう。 またお尻、腫れ上がっちゃうのかな」。Y先生の家の大きなガレージで、あるときは寒々とした屋根裏部屋で、 縛られたままの姿で鞭打ちされたこともありました。 

     

     ある日、長い緊縛ドライブの後、 先生の別荘に連れていかれました。 場所は茨城県の房総半島沿いとしかわかりません。「ここなら遠慮なくお前をお仕置きできる」。満足そうに笑って言いました。 一度猿轡をはずして縄を解いてもらい、 早めの晩ご飯をご馳走になったあと、 夜の長い躾の時間が始まりました。 Y先生はまず玄関からプラスチックの靴べらと、 底の厚い大きな革のスリッパを両手に持ってきました。でもそれは、ほんのウォーミングアップにすぎませんでした。 

     

     再び太めの麻縄で後ろ手に胸をきつく巻かれ、 脚も縛り上げられて天井の梁から吊されました。「おっ、軽っ」。麻縄を引っ張り上げて僕の体を空中に浮かせるとき、 Y先生は言いました。「一応大声を出されると迷惑だからな」。僕がうなずくとY先生は僕の口に猿轡をかませて、 僕のお尻で使い込んだバラ鞭を取り上げました。その後は乗馬鞭や竹刀がお尻に飛んできました。厳しい鞭打ちが済んだ後もまだ許してもらえず、 縛られたままの格好で床に座らされました。

     
     
     この厳しい折檻には理由がありました。 僕がY先生との約束を何度も忘れたり、 その場しのぎの嘘をついてきたためです。「今度約束を守れなかったら連れていくぞ。いいな」。そのとき、この別荘のことを聞かされました。怖かったけど、Y先生に見捨てられるよりはマシです。「中学の時と全然変わってないな、僕は」。松本先生に見捨てられたくない、もっと可愛がってほしい。授業中の教室や放課後の廊下、職員室などで繰り返された他の生徒への見せしめのお尻叩き。どうして僕ばかりと最初は思いましたが、 やがてそれは僕への愛情だとの確信に変わりました。生徒は目をかけてくれた先生の愛の鞭から、 逃れることはできないのです。

     

     長く感じられた緊縛されての反省の時間が終わると、 Y先生は僕のお尻のダメージを気遣ってくれました。きつい縄も解かれ、猿轡もはずしてくれました。「ほんとうに子供の尻だな。 でも小さい子供でも、昔は悪さすれば容赦なく尻を叩かれたんだぞ」「中学の先生にも、同じこと言われちゃいました」。黒いレザーのショートパンツから剥き出しになった、 両膝のあたりの変色した縄の跡を見ながら僕は言いました。 それからショートパンツを下ろしてお尻に手のひらと甲を当て、 お尻がすっかり熱くなっていることを確かめました。 

     
     
     Y先生には10年間くらいお仕置きを受けました。「僕はやっぱり、年配の男の先生のほうが合うのかな」。いまもそう思っています。 Y先生の前では、いつも紺のデニムや黒のショートパンツでした。「男の子は男の子らしく、半ズボンのほうが可愛い」。これはどの先生もそう言います。でもあるお仕置きの時、お尻のポケットに手帳を入れていて怒られました。それからY先生は僕に、体操着とブルマー着用を命じることがありました。ブルマーは生地が薄く、ポケットがないので、 お尻を防御する手帳やハンカチも入れられません。鞭や竹刀やパドルはよりお尻にめり込みます。「尻を手で隠すな!」。Y先生に叱られると、つい僕の両手はお尻にいってしまいます。もっと素直にY先生にお尻を向けられるようにならなければと反省しました。お仕置きが終わるとやっとショートパンツをはかせてもらえました。Y先生との外出は真冬でもショートパンツ、 許されるのは膝下までのソックスでした。 

     
     
     他にもいろいろな先生にお尻の体罰でしつけられましたが、 5人中4人は年上の男性でした。そんな先生の前に立つとなんだか身がすくんでしまい、 自然とお辞儀をするような格好で先生にお尻を向けて立っているのでした。恐る恐る後ろを振り向くと、 先生の手には黒光りする乗馬鞭が。 覚悟を決めてまた前を向き、お尻を上げるようにしてまっすぐに突き出します。「先生、これでいいですか?」「よしっ、ケツ動かすなよ」。しばしの静寂。唇をかんで第一打を待ちます。バシーン! 「痛ぇ!」 


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